指導者は生まれるものである
その昔、自分が教師を志していたころの書物にこんな言葉があった。約半世紀前のことである。「よい教師は育つのではなく、生まれるものである」。指導者としての資質は生まれ持っての性格や感受性が大きな決め手になる。わたしはそう解釈をして教師の道を目指した。
その後の教師生活やスポーツ指導をとおしてその確信はゆるぎないものとなった。すぐれた指導者はどのような集団を、チームを、あるいは選手を預かっても一定のレベルに高めることが出来る。よい指導者は芸術的な感性で集団を高めていく。プレーヤーとして優れた実績があっても指導者として成功できなかった人は世の中にたくさん存在するが、あたりまえのことなのだ。選手であることと、指導者として選手を導くことは全く別の才能、能力を必要とする。
渡辺公二先生(元西脇工業高校駅伝監督)は8度の全国優勝を経験している。ひとりの監督としては歴代最高の成績である。渡辺先生にお世話になっていたわたしの社高校時代は「不肖の弟子」だった。意欲にあふれてはいたが、我流で先生のいうことも聞かないくそ生意気な生徒だったはずなのに、70歳台の後半になられた渡辺先生が最近、わたしにちょくちょく話しかけてくれる。長嶋茂雄に似た表情で饒舌に語ってくれる。
プロ野球選手の体が見るからに鍛錬不足だと指摘する先生はよく言っていた。「野球部の監督をしたら甲子園に連れて行く自信がある」と。地元の中学校を廻り、各校のエースを6~7人勧誘すればどのポジションに変わってもすばらしい働きをするからなと、笑うのだった。指導者としての自信が言わしめる言葉ではないだろうか。指導者として高い水準に達した人物と語ることは本当に愉快である。
ところが指導者とプレーヤーの違いも分かっていない日本プロ野球界のオーナーたちは人気だけを頼りに「有名選手の引退→即監督に」の図式から抜けきることが出来ないでいる。そんなオーナーたちにある監督経験者の考えをプレゼントしたい。
「かつて大リーグの良き時代、ドジャースは選手としてまったく実績のないオルストンやラソーダに20年もチームを任せた。彼らは地獄のようなマイナーリーグで、夢を追う貧しい若者たちの努力を技術的にも精神的にも、人間的にもアシストし、教育し、憧れのメジャーリーグに送り出した指導者だったからだ」
マイナーリーグで若者たちに教えながら、野球の深さを感じ、指導者としての勉強を積んだのだと、この人物は述べている。そして最後にプロ野球生き残りの道として次のように語る。「そんな世界や場所が、日本の野球界にあるだろうか。結果ばかりを求める企業オーナーは、人物や指導者としての資質より、引退直後の人気スターを監督、コーチにすえたがる」と。
「これではいつまでたっても、野球の本場・大リーグに追いつき追い越す野球大国にはなれないだろう」、と結ぶその監督経験者とは、セ・パ両リーグで日本一になった広岡達朗である。渡辺公二、広岡達朗、ともに指導者として道を究めた人物だ。彼らならどのチーム、どの学校へ行って指揮を執っても成功に導くことが出来る。彼らは「指導についての悟り」を開いているのだ。
また、彼らの力量を理解するわたしも、指導者としての悟りを持つ人間のひとりである。と言えば人は笑うだろうが、本当のことなのだから言わせてもらう。
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