体育科一回生

兵庫県立社高等学校が甲子園球場に校歌を響かせた。夏の甲子園初出場での1勝だった。創部76年の歴史を経ての快挙である。(追記している今日の二回戦では二松学舎大付属に5-7で敗れたが)

 社高校に「体育科」が創設されたのは1995(昭和40)年の春だった。東京都立駒場高校、和歌山北高校に次いで全国三番目の創設である。地元北播地域だけでなく、神戸、姫路、龍野、加古川、丹波篠山、伊丹などから52名が集った。「毎日体育の授業ができる」うれしさで入学してきた。遠方からの入学者には寮もなく、「嬉野」と名のついた教育センター内の六角形の建物で、家族と離れて共同生活をしていたのが記憶に残る。

 陸上競技大会に出かける朝、近隣の通学生であるわれわれが、肉の入った弁当を持参すると寮生が喜んで食べてくれた。逆にわれわれは彼らの食べるバターを塗ったトーストに異文化を感じて新鮮な気持ちになったものだ。「体育科へ行きます」といったとき、職員室の先生たちは「やめとけ」とわたしを諫めた。「将来が不安だぞ。それよりも西脇高校で勉強して体育教師になる道が安心できる」と。そのとおりに、なかなか厳しい3年間だった。

 住む街を離れるのも初めて。他地域の同世代と生活するのも初体験。社高校の陸上競技場からは西脇の山並みが望まれて、慣れないうちは同級生たちが学んでいるであろう西脇高校方面を眺めては複雑な思いを抱いていた。やがて忙しくなる高校生活が自分の生きる場所を定めてくれるのだが。

 1年生ではスキー実習があった。神鍋高原ではじめてスキーの板を履いた。ころんで倒れて、それでもI先生の指導でメキメキ上達。I先生は当時40歳台半ば?スキーの国体選手(北海道)だったと聞いた。二日目には急な「北の壁」を滑った。斜滑降しかできないわれわれは、倒れては方向転換を繰り返す方法で何とか下山。夕暮れのリフトで聴いた加山雄三の「君といつまでも」が白銀と重なって美しい思い出となっている。

 行事は多かった。清水寺への夜間行軍。頂上へ着いたときは夜が白み始めていた。全工程40数キロ。帰校後に眠い目でいただいた家政科女子の「お汁粉」がうまかった。近隣の中学校プールで行った水泳実習では、母校の西脇中学校へ帰ることができた。修学旅行(東北地方)では車中のにぎやかなこと。受験勉強など遠い世界だったわれわれはTVの青春ドラマそのままに、歌いまくりしゃべりまくってガイドさんもあきれるほど。すべての行程を終えて福島駅を去るときは、ガイドの斎藤さんと運転手さんが目を赤くはらして手を振ってくれた。

 純粋、単純、バカ。卒業時には5人が抜けて48名になっていた。16名が体育系大学へ進学し、他の者は地域社会へ出ていった。高校卒業式の日、わたしは千葉県習志野市藤崎町のJ大学構内で受験の真っ最中。この昭和43年2月28日が同級生との別れだったが、受験のため記憶がスッポリ欠落している。「いつ卒業したんだ」という感じなのだ。

 野球部は56年前からりっぱな専用球場を持っていた。しかしそんなに強くはなかった。われわれのエースは脚力、筋力ともに優れ、近隣では好投手と高評価を受けていたが、肩を痛め、来る日も来る日も外野の芝生をランニングしていた。いつもネルの肩当をしていたように思う。社高校が夏の甲子園初出場!その瞬間、50数年の時空を超えて、外野の芝を踏むまじめなエース、K君の姿が浮かんだ。

 5人の同級生は甲子園出場を知らない。社町でベーカリーショップ「N」を立ち上げたU君、同窓会の世話を焼いてくれたK君、神戸のスポーツ店に就職したときに出会ったきりのK君、西宮の女子高で教鞭をとっていたK君(バスケ部だったなあ)そして酔うと割り箸をたたいて「チャンチキオケサ」を歌ったM君(元国鉄マン)、早逝だった。

 同級生の元エース、K君は現在加西市で有名なベーカリーショップのオーナーである。今は芝生をパン工房に替えて、当時の頑張りを継続していることだろう。社高校野球部はわれわれの時代以後優秀な選手をたくさん生んできたが、わたしには不運なエース、同級生の苦闘こそが社高校野球部の歴史の重い1ページだと思われてならない。

 「時が経つと物事は忘れ去られていきます。やがて、何事も当たり前になり、そこには感謝もきづきもなくなっていく」(スポーツライターI氏の言葉を借用)。いつの日か、体育科一回生の人生ドラマを文章にしてみたいと考えている。なんてったって一回生がいなかったら、担任の心配を押し切ってわれわれが進学しなかったら、社高校体育科の歴史はスタートしなかったのだ。と思っているのは、「純粋、単純、バカ」のわれわれだけだとわかっているが、たまにはこうして同級生をたたえることを許してもらおう。

 いい時代だった。あの頃は。




 


シニアの昭和史 独り言 (還暦野球スポコラ改題)

輝くシニア発掘~中高年に励ましを~

0コメント

  • 1000 / 1000