68歳ある男の土曜日~桜の蕾膨らむ~

 7:30、朝食抜きで西脇市黒田庄町のふれあいスタジアムへ急ぐ。わたしの障害福祉事業所「ドリームボール」(硬式野球ボールの修理を主な仕事とする)のカギを開け、荷物を置くと野球場へ。西脇高校と三田西陵高の練習試合が予定され、もう一校は秋田県からの遠征とか。西脇のI部長とあいさつを交わす。

 「きれいに整備していただきありがとうございます」

 「整備のボランティアをされているSさんは西脇高のOBで、息子さんは関西国際大でプレーされてます。母校の使用だからと昨日、内外野の整備を丹念にやってくれました」

 「竹本さん、ボールの修理をお願いします」(こんな先生、少ない)

 「先生のようにエコボール(硬球の修理)の理念を理解していただく方はありがたいです」

 マネージャーの女子高生2名に放送設備の使用方法を伝えて(女子高生はかわいいねえ)事業所へ戻る。そこから約2時間書類とにらめっこ。パートさん5名と利用者さん11名の一カ月の工賃を計算する。少しでも多く渡したい。計算機片手に工賃表をめくる。こんな人生予想もしなかったが、ごく小規模とはいえ他人に給料を渡す経験はわたしの人生観に大きな変化をもたらした。窓の外には蕾が膨らみ始めた桜の木々。11時工賃計算終了。安どのため息。「今月も乗り切れた」と。

 高校野球の球音を耳にコーヒーと長崎カステラの朝食を摂る。ユニフォームに着替えて加東市東条町のグランドへ走る。午後から三木シニア(硬式野球クラブ)の中学生相手にピッチングをさせてもらうのだ。監督とコーチは別所中(三木市)時代の教え子だから、ちょっと遠慮はしながらも、元教師は毎度厚かましく乗り込んでいく。監督はチーム事情もあるはずなのにバッティング練習をわたしの都合に合わせてくれるから、持つべきものは「教え子」だ。

 練習開始。わたしは6人×3巡×2グループに対し、1死2塁の場面を設定して70~100球のピッチング。正規のマウンドより80センチ前から投げる。そうでないと「球が遅すぎるわぁ」とかつての生徒がバカにする。わたしのジャージの胸には「HANSHIN」の刺繍がある。背には「KUWAHARA  64」。もちろん本物。フォームも阪神譲りでメッセンジャーみたいやし、コントロールも抜群や。中学生たちは沈むボール(引力落ち?)にてこずっている。春の陽光がサングラス越しに汗を運ぶ。三塁側の山々も萌木色に染まっていて、徐々に体のキレももどってくる。

 やっぱり打たれた。最初はいいのだが、さすがに中学生は打ってくる。最後に小学校を卒業したばかりの選手にセンター前ヒットを配給してお役御免。コーチの一人とキャッチボールをしながら「ありがたいなあ」としみじみ思う。こうやって投げなかったら古希野球のエースとして君臨できないだろうことは自明のこと。この硬球による全力投球こそがわたしの野球人生(42年間のピッチャー人生)を支えてきたし、これからもそうであるはずだ。

 「せんせい、いい子がいたらチームに誘ってよ」。少子化で入部者も限られる昨今、投げさせる代わりにスカウトをやってくれなきゃ、と言いたいのか、監督は。はいはい。甲子園出場のために私学へ、私学へというチームは多いが、三木シニアのようにガツガツせず,どなられもせずに野球をし、そこから進学先を探すのもいいとわたしは思う。チームからはけっこう強豪校へ進むそうだ。

 まじめな小学生を探そうか、そう決意して「東条道の駅」へ。練習後の満たされた心身が餃子を求める。仕方なく280円のギョーザ2つ食べて家路へ急ぐ。帰宅すると女房が「コーヒー淹れよか?」という。頼んでおいて洗濯物をだし、熱いシャワーを浴びる。さっぱりとした気分でコーヒーをすする。「コタツでちょっと休んだら?」またまたやさしい声。

 ホームコタツに入ってテレビをつけると二階にいた「ななちゃん」(18歳のねこ)がやってきて隣にもぐりこんだ。「なな」のやわらかいお腹をさすりながらウトウト。野球で疲れた68歳の肉体が眠りを連れてきた。風呂に水を足す音。魚を焼くにおい。秋田県角館から贈られてきた納豆も用意されているだろう。まどろんでいると携帯が鳴る。西脇高校のI部長からだった。

 「竹本さん、今終わりました。明日もよろしくお願いします」

 秋田から遠征の学校が「いいグランドですねえ」と褒めていたとか。ボランティアのSさんとわたしは明日午前6時から野球場へ行き、西脇高校二日目の準備をする。理念のある学校にはこちらも応えないといけません。眠気が覚めたところでわたしは風呂へ。家庭から離れたところで好きなことをして過ごした土曜日。やさしかった女房が急に語気を強めた。

 「明日はお墓の掃除とお母さんの見舞いやで!」

 墓へ行き、老人ホームを尋ねる。わたしにとっては苦手なことが待つ明日の日曜日。今夜はそんなことは考えず、今日の幸せだった野球漬けの一日をじっくりと思い出しますか、ホームコタツでテレビなど見ながら。ありがたい、ありがたい。

 

 


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