さらなる高みへ WBC優勝
第5回WBC(World Baseball Classic 2023)は日本の劇的な勝利で幕を閉じた。日本が決勝でアメリカに勝利する日が来るとは、と感慨にふける日本人は多いことだろう。わたしはメディアとは異なる視点でWBCの日本優勝を振り返りたい。
今大会はダルビッシュ有(パドレス)、大谷翔平(エンジェルス)、吉田正尚(レッドソックス)の現役MLB選手に加え、日系人のヌートバー(カージナルス)がチームをけん引し、若い選手の技術やメンタルを高めていった。以前は「スモール・ベースボール」と称された日本の野球だったが、今回、このフレーズは一切使われなかった。2006年、2009年の優勝メンバーであり、後にMLBでもプレーした福留孝介氏(45)は、
「以前はスモールベースボールが強味だったが、今回は打線の力、投手の球の強さ、パワーで対抗した。もちろん日本のトップの投手が2イニング全力で投げても圧力を感じるほど、まだ差はある。でも近づいているのは確かで、遠い距離ではない」
このように語っている。野球関係者ならわかっていることだが、春先は打者に対して投手の方が有利である。打者は出来上がっていない。アメリカの関係者は「打者は一流だが投手は三流だ」と自チームの現状を嘆きながら「だれの責任だ」と憤慨する。日本のように一つの目標に向かって全員で努力するチームが春先に強いのは当然なのだ。文化の違いでもある。
野球界は変わった。個人事業主として「つかんだ技術は誰にも教えない」のが主流だった昔に比べ、今の選手はチームを超えて春には合同キャンプを張る。技術やトレーニングを交流する。今回ダルビッシュが3月当初から合宿に参加して若い投手たちに、ツーシーム、スライダーの投げ方や、メンタル面では「野球が調子悪くても気にしない、人生の方がもっと大切だから」とリラックスする方法を教えた。極端に解釈すれば、封建的な世界だった野球界が新しい世代の出現によって民主化されているのではないか。
トレーニング内容も変化した。MLBを目標にする選手たちはパワーアップのトレーニングを取り入れて日本人選手の体格は大きくなった。さまざまな科学的機器を用いてその成果も活用している。野球界は変わっているのだと感じる。それだけに、今日に至るまでの先駆者の苦労にも思いを馳せる現役選手であってほしい。
1964年にサンフランシスコ・ジャイアンツでデビューした日本人初の大リーガー、村上正則さん(愛称マッシー)から1995年の野茂英雄選手(ドジャース)当時のMLBは遠い世界だった。以後、イチロー選手(マリナーズ)や松井秀喜選手(ヤンキース)など多くの日本人選手がアメリカでプレーする時代が生まれていった。その歴史があって大谷翔平が誕生したともいえる。
戦後、大リーグと日本野球の架け橋となって活躍した故・今里 純先生(西脇市)は、アメリカで出版されているテッド・ウィリアムズ(最後の四割打者)の打撃論をはじめ幾多の技術書を翻訳して日本の選手に贈った。体の小さい吉田義男選手(元阪神)のために同タイプのピアゾン選手のバットを買って(当時は船便だった)プレゼントしている。この度の優勝では「涙が出ました。父親が生きていたらどんなにか喜んだことでしょう」とご親族からメールをいただいた。大リーグの近代的な組織や最新技術を学び、いつの日か日本野球がアメリカに追いつき、追い越す日を夢見ていた今里先生は先駆的大リーグ研究家だった。
「ぼくがつくった大会だからね、うれしいね」といったのは娘婿。第一回大会の2006年当時、彼はMLBジャパンの職員としてWBC立ち上げでNPB(日本プロ野球機構)と何度も折衝を重ねていたから、その経緯はよく知っている。イチロー氏の言葉を借りれば、「この16、7年で大会が大きく成長した」のだ。関係者の想いはいかがなものだろう。
ダルビッシュと大谷翔平の大活躍で、MLBは近くなった。アメリカの日本野球への見方も変わってくるはずだ。とうとうその第一歩が今、始まった。野球界が新しくなり、MLBを当然のように視野に入れる選手も増えた。明るく、楽しく、そしてハードに、パワフルに変化する日本野球だけに、NPBや高野連などの指導者も変わらなければならない。
大谷選手はいった。「韓国も台湾も、中国やその他の国ももっともっと野球を大好きになってもらえるよう、そのための勝利だったと思います」。日本はアジア全体のレベル向上に真剣に取り組んでほしいものだ。そこから友好関係が生まれればすばらしい。韓国側は日本と「韓日定期戦」(日韓)を行いたいと表明した。日本野球界がアジアを視野に入れてレベルアップを図っていく日を待望している人は多いはずだ。春の選抜高校野球大会にアジアの各国から代表チームを参加させるのはどうだろうか。野球人気が沸騰すると思うのだが。
プロ野球選手は大変だ。体力はもちろん、メンタル面でも強くなければやっていけない。チャーター機で帰国する日本選手を見送るダルビッシュの姿。手を振っている。ちょっぴり寂しくはないか。日本での熱い1ケ月の後に待つのはハードなアメリカでの1年。経済面では心配なし、5年契約も決まった。食事も生活も全く困らないが、かの地に居ればいいことばかりではない。アジア人蔑視も残っているし、何より結果をしっかり残さなくてはならない。テレビの画面に大谷選手と二人、チャーター機に乗り込む姿が。画面はやがて車に乗り込みそれぞれがキャンプ地へ分かれる場面が流れる。ダルビッシュ選手はパドレスとマリナーズがキャンプを張るピオリアへ。大谷選手はテンピのDiablo Stadiumへと向かう。吉田正尚選手はフロリダのフォートマイヤースに入った。
わたしは数年前にアリゾナで野球をした。ピオリアの野球場へも行った。エンジェルスのメイン球場、ディアブロ・スタジアムでは大谷選手に先立つ3か月前、同じマウンドに上り、ダグアウトで声を出している。アメリカのスタジアムのすばらしさ、おおらかなプレースタイル、そして日本人としての一抹の孤独感をすべて味わってきた。しかしプロである彼らは強い。日本野球のさらなる高みのために、今は、WBCに出場した日本の選手全員が故障もなく、シーズンを無事乗り切ってほしいと願う。
FOXニュース、A・ロッド氏(元ヤンキース)のインタビューに答えた世界の大スター、大谷翔平選手の言葉で締めくくりたい。「本当にぼくら日本人はアメリカの野球をリスペクトしています。彼らの野球ってものを見本にして、これまでがんばってきた。今日はたまたま勝ちましたけど、もっと高みをめざしていきたい」。
3月4日の神戸新聞16頁には「侍ジャパン帰国会見」の写真、コメントが載っている。そのずっと下にフロリダからのオープン戦情報が小さく掲載された。「千賀2失点 負け投手に。レンジャーズとマイナー契約の筒香はホワイトソックス戦に出場し、2打数0安打」。まだまだ日本野球の挑戦は続く。
「韓国も台湾も中国その他の国ももっともっと野球を大好きになってもらえるよう」
韓日定期戦
「本当にぼくら日本人はアメリカの野球をリスペクトしています。彼らの野球ってものを見本にしてこれまでがんばってきた。今日はたまたま勝ちましたけど、もっと高みを目指していきたい」(大谷翔平)
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