教え子の逝去と「中学生の挑戦」

 ロサンゼルスが燃えた。ワールドシリーズ第3戦は延長18回、7時間余に及ぶ熱戦となった。旧知のベースボール・フレンドたちがスタンドで交歓していて、その写真を送ってきた。BSの野球中継では懐かしいドジャースタジアムがアップになっている。

 去る25日にはNPB(日本プロ野球機構)のドラフト会議があった。ソフトバンクから1位指名を受けたのは西脇市黒田庄町出身のK投手。東北楽天の1位と阪神の首位指名はともにわたしの母校・兵庫県立社高校出身者。めでたいことだが、大切なのは今からの生き方だ。若くして大金を得る中で、周囲のチヤホヤしたお世辞に乗ってはいけない。華やかな芸能人並みの風潮に染まってもいけない。

 アメリカのファーム組織では少ない給料で生き残りをかけた厳しい戦いが繰り広げられる。バスでの長距離移動、少ない食事代(ハンバーガーリーグと呼ばれる)、宿舎は共同使用でハンモックで寝ることもたびたび。そこからメジャーリーグに昇り詰めるから、ワールドシリーズの面々は目が澄んでいる。プレッシャーを心から「愉しんで」いる。

 日米野球界の差異を考えていると、10月21日の朝に亡くなった教え子Y君(51歳)との思い出を書き記したいと思った。日野小学校~西脇中学校を経て料理の道へ。寿司屋勤めの後に西脇市西田町の一角で居酒屋Tを開店。常連客に好かれていたのか22日のお通夜には見かけたことのある地元の客や同級生の顔が多数並んだ。若すぎる死だった。仕事柄飲酒が重なり肝臓などを痛めていたのかもしれない。

 本棚から自著「中学生の挑戦」を取り出した。1990(平成2)年に書かれた小冊子は1981(昭和56)年から4年間陸上競技部を通じて学校の生徒指導正常化に取り組んだ30歳代前半の体育教師の記録である。冒頭の部分「陸上部の現状ー当時はどうだったかー」には次のような記述がある。

 「クラブは非行の小さな巣。グラウンドも服装も荒れている。一番楽なクラブと見られる。部員数約30名。出ると負け。東播地区大会すべて予選落ち。わたしもその昔身につけたオレンジ色のユニフォームが色褪せて見える。スタンドでアイスクリームを食べている。がっかりする」。少し誇張があるかもしれないが、だいたいはこのような感じの陸上部だった。だが、わたしは感じていた。良くなるだろう兆候を感じとっていた。

 「しかし、2~3名の3年生と2年生数人は真面目。よし、こいつらと苦労してみるか。こうして本格的には6月頃から真剣な戦いが始まって行った」のだった。亡くなったY君は真面目な2年生数人ではないが、数人のズボンのすそを片手で握り真面目グループと遊び仲間へ揺れ動きながら走ることをやめない、憎めない性格の中学生だった。

 3年生の春、Y君は800m(4×200m)リレーの第三走者となって神戸市王子陸上競技場のホームストレッチに立っていた。県大会の決勝が始まるのだ。リレーカーニバル(大会名)決勝となるとテレビカメラが入る。1年前にアイスクリームを食べていた陸上部が今は決勝の舞台に立っている。オレンジのユニフォームが画面に映えた。結果は6位だった。西脇中学校陸上部成長の序章がスタートした瞬間だった。

 陸上部は2年後には男女合わせて206名の大所帯となった。リレーカーニバルを見ていた2年後輩のI君は800mで西脇市初の全国大会参加標準記録突破者となった。「僕が最初入部して思ったことは、とても人数が多いことだった。なんと80人(学年で)もいるのだ。どうしてこんなに人気があるのだろうと最初は不思議に思った。しかし今までを振り返るとその訳がとてもよくわかった・・・第二に行事が多いことだ。プール、花見などいろいろあるからだ」(3年後輩のI君)

 王子競技場の帰途、三宮(繁華街)で自由行動、それが陸上部の愉しみの一つで、札幌ラーメンのカウンターではYがわたしのビールをこそっと飲んでいた。修学旅行の河口湖ではトランプに負けて先生方の監視の目を潜り抜けてわたしの缶ビールを買いに行ったY君。その流れが206名に繋がっている。Yくんたちは確かに後に続く陸上部発展の先駆者だった。同時にそれは学校から非行の芽を摘み取るための一助となったはずだ。

 自著「中学生の挑戦」を久しぶりに読んだわたしは目頭が熱くなった。忘れていた事実が蘇って、教え子たちが懐かしく思い出された。51歳の死が感傷をもたらしのだろう。お通夜の席でリレーメンバーだったM君(小学校、中学校と同じでYの居酒屋隣で自動車を扱う同級生)が「これでリレーメンバーのアンカー(N君)と第三走者Yが亡くなった」としんみりとして言った。「次は二走のM,おまえやな」とわたしは悪い冗談を返し、悲しい通夜の場を離れた。

 「中学生の挑戦」。この冊子の中でYは生き続ける。

 

 



シニアの昭和史 独り言 (還暦野球スポコラ改題)

輝くシニア発掘~中高年に励ましを~

0コメント

  • 1000 / 1000